新潟県柏崎市の遊郭跡を歩きました。
市の中心部から少し離れたところで現在は住宅街になっていますが、町割りなどに普通とは少し違った感じがありました。
訪問:2023年9月
その名も新花町
現在は公共の施設として開放されている柏崎公会堂に、町の歴史が載っている看板がありました。
その中に花街に関する記述があり…ノーマークでしたが、気になったので現地へ行ってみることにしました。
公会堂から2キロほど離れた住宅街。新花町という直球な地名が残るこの周辺が柏崎の花街跡です。
元々は扇町というところ(現在の扇町と同じ場所ならここから南東に1キロちょっとの場所)に花街があったようですが、何度かの大火の後にこちらに移転したとのことです。
参考:柏崎遊廓 : 新潟県の部 : 中部地方 : 全国遊廓案内
町の端っこ、海側から歩いていきますが、こちらには金刀比羅宮があります。
鳥居は新しめ。
劣化してきている玉垣。
そこに刻まれた○○樓という名前は、当時この地域にあった妓楼の屋号でしょうか。
中心のほうを見ると、緑地が伸びてその両側に道路があるという特徴的な区画となっています。
こういった地割は花街跡でよく見られますよね。
上から見るとわかりやすい。
周りの町並みと比べて、意図的に区切られたような感じがあります。
終戦すぐ後の写真も見てみましたが、この時すでに緑地の部分は空き地のように見えます。防火帯的な役割があったのでしょうか?
(ちなみに、上部にあるカーブは1939年に廃止された柏崎競馬場です。こちらも、すごくそそられます。)
緑地の脇に並ぶ寿司屋と割烹。
あとは旅館もありました。
当時からの宿ではないのでしょうが、この土地に料理屋や宿屋があると、その当時の流れを汲んでいるのかなと思ってしまいますね。
緑地は片方の線が長い十の字みたいに伸びています。
こちらはちょうど真ん中にあるほぼ正方形の緑地と、短いほうの線。
反対側は駐車場になっていました。
現代の歓楽街へ
区画の端まで来ました。
花街の区画の周りは歓楽街といった様子で、スナックや飲み屋が集まっています。
と言っても、廃業してそうなお店も多かったです。
奥に先ほど通った花街の区画があります。
このあたりも住宅が並んでいますが、居酒屋やスナックも少なくないです。
その中にひときわ存在感がある建物がありました。
一階に「山交楽」という中華料理店が入ったこちらは旅館だった建物のようですね。。
「山梅」という錆びた屋号が寂しさを引き立てます。
この名前で調べてみても昔泊まったという方の話が一件ヒットするくらいで、いつ廃業したのかはわかりませんでした。
ちなみに、お向かいには現役のビジネスホテルがあります。
湯の町通り
例の区画の南の外側にある、湯の町通りという道に来ました。お店が集る場所ですね。
入り口が完全に封鎖されているものもありますが。
反対側。居酒屋と、何が入っていたのかわからない建物。
少し前までここには通りの名前が入ったアーチ看板(アーチ状ではないが正式名称がわかりません…)があったようですが、跡形もありません。
あまりお店が残っていないので脇道に入る。
歓楽街らしい建物。
マッサージ店もありました。たぶん健全なものでしょうが、建物はけっこう昔からありそうです。
よく見ると少しかわった様子のある建物。
空き家ということで解体が始まっていました。
通りの端からアーチがあったほうを見通す。
ここもかつてはもっと多くのお店が軒を連ねていたのでしょうね。その頃の様子がとても気になりました。
柏崎公会堂を見に行ったときの様子↓