日々のおでかけ記録

町並みや気になった場所の記録

日本毛織 加古川社宅(2025年8月の様子)

一年前に加古川を訪れたときに見た日本毛織(ニッケ)の社宅建築群と呼ばれる一帯です。
ドラマや映画のロケ地としても使われたことのあるような古い木造建築が残る町並みですが、解体が進んでいるらしく…この時すでに工事が始まっていたので、今はだいぶ風景が変わっていそうです。

訪問:2025年8月

洋館(ニッケ社宅倶楽部)

加古川駅から少し歩いたところ。国道2号を渡った一角が社宅の建物が集まるエリアです。

国道のほうを向くとこんな感じ。
左にはアンダーパスがありますが、ここには向こう側にあった工場へ向かうトロッコの線路があったらしいです。

社宅のほうへ。
近代的な集合住宅がありますが、こちらも社宅のようです。

その近くには赤い屋根が素敵な洋館が二棟並んでいます…!
こちらが外国人技師の住居として1911年に建てられた棟。端正な感じ。
国外から技師を呼んで技術を教えてもらっていた時代…歴史が感じられる。

お隣のこちらは工場の事務所だったようです。
1898年に建てられ、その後当地に移築されたらしい。
言われてみるとこちらのほうが事務所っぽく感じるかも。

裏手に回ってきました。
今も使われているのかはわかりませんが、靴箱があるので土足禁止なのかも?

離れ的な和風の建物もありました。町内にありそうな掲示板も。

南側には公園があります。その向こうにも社宅の建物が並んでいるのが見える…
これらの建物は加古川工場の稼働が始まった1899年から建てられ始めたようです。

公園側から見た二棟の洋館。やはり素敵な建物ですよね~
板張り壁のかすれた感じも歴史が感じられて好きです。

解体が進んでいるこの一帯ですが、これらの建物はそのような様子はないようです。
加古川の「異人館」として知られているようですし、この先も残っていってくれるかなあ。

閉鎖された一角

洋館前の道を西へ進むとニッケグループが運営する施設があります。
このあたりも昔は社宅か工場に関連する建物があったのかも。

保育園まで運営しているとは…

その向かいには同じくニッケの保育園。
ストリートビューは保育園ができてからのものしかないので、昔の様子が気になる。。
過去の航空写真を見ると、社宅らしい建物が建っているようにも見えるのですが。

保育園の北側の通りを奥まで進んでみましたが、工事が始まっているようでした。
昭和中ごろあたりに建てられた社宅かなあ。

柵の隙間から南側を見ると、時間が止まったような風景が。歩いてみたかった。

保育園のある通りに戻って南を向くと、社宅が並ぶ区画となりますが…この時すでに西側一帯に囲いが設置されていました。

まだ工事は始まっていないようでしたが、これも今では姿を消していることでしょう。

閉鎖された一角。
道を挟んで左右で違うタイプの社宅が並んでいます。

右側が集合住宅というか長屋のようなタイプで、左側は庭付き一戸建てのようです。
お偉いさんが住まれていたのかなあ。
道が未舗装のままで、ここだけ明治末期から昭和初期ごろの景観になっているのが良いですよね…

コンクリートやレンガの塀まで見えますね。
庭に植わっている木も立派ですし、このままどこかに移築してしまいたくなりました。

そのまま南に進んでいくと水路と古い橋の親柱があります。
ここが社宅の境界線なのかも。

横を見ると水路沿いにレンガの塀が続いています。
今は駐車場になっているここにも一戸建てタイプの社宅が建っていたようなので、その名残でしょう。

閉鎖されている区画のほうを見ると、社宅の様子がうかがえます。
画一的ではなく、いろんなタイプの一戸建てが並んでいるようですね。
中央奥の赤い屋根の上には暖炉かストーブの煙突のようなものも見えます。

残っている区画

西日を受ける社宅建築群

閉鎖されていない区画も見回ってきました。
この時は健在でしたが、今はどうなってるのでしょう…

かなり錆びた住所プレート。社宅の造成されたときに設置されたものでしょうか…?

平屋タイプ

ちょうど夕日が差し込む時間帯に来たのもノスタルジックな雰囲気が感じられて良かったかもしれません。

洋館裏手から見えていた二階建ての建物ですね。
長屋のように連なっていますが立派な感じがあります。
高い木製の塀や二階窓の高欄が良い。。

水路をまたぐ橋があったので、社宅の外側から見てみました。
橋を渡った先だけタイムスリップしたような空間。

未舗装の砂利道というのも大きいですよね。
電線やアンテナを消して見たら100年前と変わらないような気がします。

世帯ごとにアンテナが立っているのかな

この一角が個人的に一番好きな景色でしたね。
現代にもこんな町並みがあるものかと感嘆してしまいました。

反対側へ歩いていきます。
同じように見えてそれぞれけっこう個性があります。

前庭に松が植わっていて粋な感じです。こちらは松がアーチのようになっています。

訪れている人をネットで見かけて気になった場所でしたが、現地を歩いてみて軽く感動してしまいました。
昔の住宅街はこんな感じだったのかなあと思いながら…

佐渡市小木の重伝建地区を歩く

佐渡市の旧小木町の中心部がめでたく重要伝統的建造物群保存地区、重伝建になったのが2024年の8月。
それから二年が経ちましたが、今回は去年の8月に現地を歩いたときの話です。

訪問:2025年8月

重伝建の南側の端から進んでいきます。
重伝建の範囲には南側に飛び出ている区画がありますが、それがこの木崎神社とその参道のようです。

地区内のメインとなる通りを進んでいく。
歴史のありそうな商店(?)の軒先に丸いポストがありますが、こちらは今年になって撤去されたようです。

間口が狭くて奥行きがある建物があると、古くから残る土地なのかなと思いますよね。
佐渡出身の父が、このあたりにはこういった建物が多いと言っていたのを思い出しました。

ゆるいカーブを描いていく。この通りは県道のようです。

古民家が並んでいます。
左側にあるのは築100年を超える古民家を改装した人気のカフェです。
この後中にも入りましたが、きれいにリノベーションされていてまさに古民家カフェといった雰囲気でした。

昭和初期に建てられたという、北村薬品の建物。
和風の看板建築というような雰囲気がある、おもしろいファサードです。
中には葡萄と蔦をデザインしたステンドグラスもあるとか。

そのお隣は小木まちなみ交流館品川屋。
小木の町では明治37(1904)年に大火があり、品川屋をはじめとする古い建物はそのあとに建てられたものが多いようです。

カーブする道路に沿って町家が並ぶ良い眺めです。
中央の立派な建物は鍋屋という屋号で船宿を営んでいた中川商店の建物。

昔ながらの電話番号の札がありますね~
海上保険の代理店の看板があるのも港町っぽい?

お向かいには書店が。細かいタイルで店名が描かれてます。

こちらも間口の広い建物だなと思ったら旅館でした。
尾崎紅葉ゆかりの宿だそうです。こういうところに泊まりたい。。

小木が重伝建に選定されたことを知らせる佐渡市HPのページにもここの写真が載っていたので、この景色は一度見たかったんです。

先に進むとこちらは金子屋。
現在も営業するお店で、他に類を見ない形をしています。
中川、金子、あと本間は島内でよく見る苗字ですね笑

様々な町家が軒を連ねています。
自分が見ている資料に載ってないだけで、それぞれとても歴史がありそう。

間口の広めな建物も残っていて、昔はお店だったのか宿だったのかと思いを巡らせてしまいます。

この近くのマップを見ていて気になっていた建物がこちら、旧小木郵便局です。今もポストは立っています。
まわりの建物とは少し違うレトロさがあります。

かなり古そうな建物で、今は使っていなさそう。
古い郵便局の建物だとどこからしらに〒マークが入っていたりしますが、こちらには見受けられませんでした。

板張りの外壁に瓦屋根が乗っていて和洋折衷という感じ。
軒下の反り具合が印象的でした。

坂道に寝ころぶ猫

かつての宿屋が並ぶ。左から、天南荘と泊屋という屋号だったようです。
往時はどれほどの旅人が行きかっていたのでしょう。

伝統的建造物

この通りには古民家カフェのほかに飲食店も並んでいます。
こちらの蕎麦屋さんも明治末期から大正あたりの建物だそうで…!

だんだん端の方までやってきました。
町の電気店といった風情のお店も営業しています。

重伝建の西の端あたりまで来ました。この先は琴平神社。

通りを引き返して、重伝建の範囲で北に飛び出しているあたりも歩いてみました。
こんな通りにも電気店があるとは。

坂を上った先にはお寺があるようです。
寺社があったらそこまで地区の範囲を広げているんですね。

カーブの内側にある通りも軽く歩きました。
かつては三味線堀という舟溜まりがあったんですね。

ちょうど開いている空間があって、先ほど歩いた通りの裏側が見えました。
奥に立派な石蔵を備える住宅もあったんですね。

佐々木時計店。こちらは大火前に建てられたもの。
今は営業されていないようです。二階部分が元々のファサードですね。

お隣は村勘商店。今でも酒店として営業しているみたいです。
こちらも大火前の建物。

おけさ笠を被る街灯

巡り切れていないところもありますが、重伝建地区の通りを歩いてきました。
正直、ほかの重伝建に比べて誰にでもわかるレベルで良く見える景観や建物は少ないと感じましたが、個々の建物は非常に興味深いです。
新潟県内の重伝建はこれで二か所め。そのどちらも同じ旧小木町にあるというのがおもしろいですが、それだけ北前船が偉大なのでしょう。
宿根木と合わせてぜひ来てみてください…!

今回は以下のページにある資料にお世話になりました。
非常に詳細で建物の内部の写真まで載っているのでぜひ。

佐渡市小木町伝統的建造物群保存対策調査報告書(令和5年3月刊行) - 新潟県佐渡市公式ホームページ (最終閲覧日:2026/8/15)

トプコンのレンズを買った話(RE.Auto-Topcor 5.8cm f1.8)

去年の今頃に初めてオールドレンズを買いましたが、なぜか同じ時期に二つめのレンズに手を出してしまいました。

トプコンのレンズ

それがこちら、東京光学のRE.Auto-Topcor 5.8cm f1.8です。
東京光学は現在はトプコンという社名になっていて、測量や医療の分野で有名ですが、昔はカメラを出していたと知ったときは驚いたものです。

こちらが売られていた時期は1960年代。発売されて60年以上も経っているものがこうして使えると思うとすごいものです…!
今回はヤフオクで一万円ほどのものを購入しましたが、なかなか良い個体でした。
この上位品としてf1.4のレンズもありますが、そちらは名玉として知られているらしく値段が跳ね上がるので今回はこちらに。

マウントはREマウントという独自のものですが、Exaktaマウントに互換性があるということでK&F ConceptのKF-EXAZを使っています。金属製で重量感がある。
マイナーなマウントらしく、Exaktaから変換するならこれ以外に無いかなと思います(店舗には売ってなかったくらい…)

ニコン×トプコン

愛用しているZfcに付けるとこんな感じ。やはりオールドレンズがよく似合う…!
レンズキャップは付いていなかったので、新宿西口の中古店で買い求めました。もしかしたら組み合わせは正しくないかも。

トプコンについて調べてみると、かつては旧陸軍に光学兵器を供給していて、旧海軍に光学兵器を供給していた日本光学(ニコン)とともに「陸のトーコー、海のニッコー」と並び称されていたとか。
前述の通りその後トプコンはカメラからは撤退していますが、現在も光学分野で活躍しています。

自分は大学で測量を学び、その後は測量士まで取得しているのでトプコンにはお世話になっていたんですよね〜
そんな縁もあって、トプコンのレンズがあると知ってからずっと憧れていたので購入できて良かったです!

撮ってみた

あまりオールドレンズっぽい写真は撮れていないかもですが、いろいろと写してきた様子を。

レンズキャップを探したときの新宿。
三店回ってようやく見つけましたが、数が少ないので他メーカーのより高かった…笑
「数は少ないけど良いレンズなんですよね〜」と店員さんも言っていたのが嬉しい。

老舗喫茶店の看板。被写体がレトロなものだと気分が上がります。

東京都北区に残る、陸軍用地を示す杭。
かつて旧陸軍に関わっていたメーカーのレンズで旧陸軍の遺構を撮る…

板橋区にあるトプコン本社にも寄ってきました。昔からの本拠地です。

MFでピントを合わせるのはまだまだ慣れませんが、それも楽しいです。

万国旗が揺れる桐ヶ丘団地

APS-Cにつけると87mmほどの距離となるので、ちょっと望遠気味になります。
どこまで収まるか探り探り…慣れていきたい。

ちょうどよく収まりそうなものを探しながら……

レンズを買ったら撮りに行きたかった東京駅。レンガの密度感が好きですね~

日本橋の三井本館ですね。思っていたよりもしっかり写るので驚きました。

自分のフォーカスが甘いのかレンズの性能によるボケ感なのかわからないレベルですが、やはり楽しいですね~
一方で、これくらいの望遠だとやはりフルサイズ機に付けて、本来の58mmで撮ってみたいという気持ちも湧き上がってきたり…笑

去年買ったレンズについての記事です↓

niwakanegon.hatenablog.com

Essoのロゴがある建物

見てみたいものがあったので神奈川県のある駅で降りました。

駅から海のあるほうへ少し歩いていきます。
この次の角にあるのが、見たかったものがある建物。

それがこちら。商店だったと思われる建物の角にある「灯油」の文字に目が引かれてしまいます…!

Essoのロゴに灯油の二文字…それが角のセメント部分に描かれています。
しかもフルカラー。木造の建物なのに、この部分だけ別の素材になっているのもすごい。

横面には塩小売店のホーロープレート。塩の販売が限られていた時代のものですね。

改めて。なんとも立派です。
営業されていた頃の様子はわかりませんが、当時から目を引くお店だったのかもしれませんね。
この先も残っていってほしいと思わずにいられない。

東京とその近辺で行った喫茶店(2026年6月)

6月は同じ日に2店舗行くことがありましたね。
気になる店が多すぎてこうでもしないと行ききれないということもあり…笑

珈琲 高円寺茶房(杉並区)

高円寺駅の北口から少し歩いたところ。良い店構えです。
帰り際にお聞きしたところ、41年目だそうで!

カウンターで茶房ブレンドをいただきました。
背後にはテーブルもあって、レンガや土壁のような内装。
壁には皿が飾られていて、眺めているのも楽しい。酸味と苦味がちょうど良いコーヒーでした。

ブーケ(杉並区)

先ほどと同じ日に、今度は地下鉄の新高円寺駅のほうへ。
この周辺というか中央線沿線は魅力的なお店が多くて多くて…!

アップルパイとブレンドにしました。
合流した友人が頼んだウインナーコーヒーがガラスコップで、きれいでした。

店構えからわかるようにとてもレトロで良い感じ。
50周年を迎えていたようです。

ロン(荒川区)

撮影禁止だったので外観だけ。老舗らしい内装でした。
ここではブラジルを注文。サイフォンでしたね。

エル(荒川区)

先ほどのお店から歩いて別のお店へ。大雨でたいへんでした(写真がブレ…)
Googleマップには平日のみの営業と載っていましたが、一応伺ってみたところ営業していました!(土曜の15時)

中に入ってみると、スナックのような内装でした。レーザーディスクの再生機なんかもありましたね。
メニューの冊子がハガキでした。コーヒーを注文しましたが、ほかには焼きうどんなどの軽食も。

店主さんと二人だと少し緊張してしまいますが、一息つけました。
帰りに、お店は長いことされてるんですかと聞いてみたら、長いのよと微笑みながら答えてくれました笑

ブルーボトルコーヒー 渋谷カフェ(渋谷区)

かなり今更ながら初めてブルーボトルに行ってきました。有名なチェーン店ですが、思った以上に居心地良かったので!
渋谷店は公園と一体化していて、ナチュラルな外観。

西海岸で飲む、いつもの味。

目の前でドリップしてくれるんですね~豆の量もデジタルのクッキングスケールみたいなので量っていておもしろかった。
ジャズスタンダードが名前の由来であるブレンド、Giand Stepsとオリジナルの羊羹を注文。
コーヒーはおいしいし雰囲気も良いし。今まで何となく入りにくいイメージがあったけど、行ってよかったです。

レトロ喫茶 ELLA & LOUIS(文京区)

白山にある喫茶店へ。
こちらはオープンしてからまだ数年ほどしか経っていないお店ですが、とても気になるものがあったんです。

それがこちらのエメラルドゼリー。
去年に閉店となった、同じ白山エリアのペガサスというお店の名物を引き継いだメニューです。
閉店前に一度だけ食べることができましたが、また味わうことができるなんて…!
ちなみに、コーヒーのほうは元々この場所で営業していた喫茶店、貴苑のブレンドです。
遺産を引き継いでいて素晴らしい。。

老舗喫茶店の居抜きなので、お店の雰囲気も老舗という感じ。
この蓄音機は動いていませんが、店内にはレコードによるジャズが流れています(店名どおり、ルイ・アームストロングでした)

素晴らしい雰囲気でした。
壁際にはレコードがたくさんありますが、調べてみると音響にもなかなかこだわられているみたい。
ジャズ喫茶的に使うのも良いな~と思いました。

九州最後の炭鉱・池島探訪記 その7(島からの帰り道)

朝から巡ってきた池島の旅もそろそろ終わり。
離島には船の時間という制限があるので…しかしちょっとしたハプニングも。

炭鉱住宅エリアを一周して島の中心部へ戻ってきました。新店街通りバス停です。
このまま港まで歩けなくはないですが、平日のみ運行のバスがあったので乗る予定でした。

他に乗客はおらず、途中で乗る人もいなかったので一瞬で港へ。
この見た目でもアナウンスとかもあって、雰囲気はしっかりバスでした笑
※このバス路線は2026年3月をもって廃止されました。
このときに乗っておいて良かった…他に交通手段は無いので、中心部へは歩いていくしかないですね。

このまま帰りの船の切符を買おうとしたのですが、なんと強風のため欠航
数時間後の便だと本土でのレンタカーの返却にはギリギリ間に合うかどうか…という状況でしたが、行きとは別の港へ向かう便に乗るとそこから路線バスが出ていることがわかり、急遽そちらの切符を購入して出航直前に乗り込むことができました。

島内の解体作業で出たと思われる廃材とともに…

さよなら池島。本数の少ない船が欠航となってどうなるかと思いましたが、歩き回るのは楽しかったです。

港を出ると向こうには松島が見えました。
朝から風の強い日でしたが、こちらの便は動いていてよかった…

松島も炭鉱で栄えた島ですが、今では発電所の島になっています。

池島もすっかり遠くに。
右側に見えているのは大蟇島びきしまと小蟇島かな。大蟇島のほうには池島炭鉱の吸排気用の立坑があったようです。
あそこまで地下で坑道が伸びているんですね。。

分くらい経って西海市の瀬戸港に入港。
他のところからの船もほぼ同時に来ていましたね。

多数の路線があるだけあって、瀬戸港は行きの神浦港よりも車の往来が多かったです。

下船。向かいには別の船が泊まっています。
島が多いこの地域の交通の要衝って感じがありましたね。

港から少し歩いてバス停へ。池島と同じ、さいかい交通の運行するバスです。
西海市役所も近いこの町も歩いてみたいところでしたが、こちらに乗らなければ。

時間もあってかほとんど人のいないバスでした。
このときはずっとレンタカー旅だったので、まさか路線バスに乗るとは思わなかったなあ。

海沿いの国道をゆくバスから見える海がとてもきれいでした。とても思い出深い旅のワンシーン。

神浦の集落で降りました。朝に歩いた通りですね。
思えばローカルなバスに乗るのは久しぶり。
ハプニングもありましたが、思いがけず良い景色を見られて良かったなあ。
ということで7回にわたって見てきた池島探訪記もこれで終了。
本当に行けて良かったなあと思います。

九州最後の炭鉱・池島探訪記 その6(8階建てアパート)

池島には様々な見どころがありますが、島の奥のほうにある背の高いアパート群も見逃せないものの一つです。

下から見る

小中学校前の道を西へ進んでいくと、コンクリート製の壁のような背の高い建物が目に入ってきます。

これが8階建てアパート。
前回見た炭鉱住宅は4階ほどの団地のような雰囲気でしたが、こちらは見るからに高く、少し変わった形をしています。

こちらは住んでいる人は全くいないようです。
窓は無くなったりしていますが、いまだ健在。

一棟だけ薄いベージュに塗られている…?
二階へ上がれるような外階段がついています。一階の入口もこのあたりなのでしょうか。

こうして見ると本当に直立する壁のようです。
たくさんの人が住めるように高くしたんだろうなあ。今でいうタワマンのよう。

説明書き。1970年あたりが最盛期のようなので、その頃に建てられたのか。
だいたい50年くらい前の建物ということですね…!

下の4フロアと上の4フロアで分かれているような構造に見えますね。
この反対側に行くと、説明にもあったこのアパートの特徴を見ることができます。

ここで後ろを向くと、一段低い土地にも炭鉱住宅らしき物件が並んでいました。
草木に飲まれていて、こちらも完全に使われていないように見えます。

8階建てアパートのふもとで、島内を走るバスが休憩していました。
バスと言っても大型免許のいらなさそうなタイプのコミュニティバスです。
これに乗った感想はまた次回に。

反対側からアパート群を眺める…どこから見ても存在感がすごかったです。

第二立坑

アパートの反対側に行く前に、道の行き止まりまで行ってみました。
この先は立ち入り禁止ですが、池島炭鉱の第二立坑があるのです。

思い切りズームして。
中央には慈海という女神像が見えます。左奥に垣間見えるのが立坑の施設のようですね。
建物は今でも残っているようなので、近づいて見たいものです。

上から見る

引き返して、ここからアパートの反対側へ向かいます。
メインの通りから分岐する坂道を登っていく。

アパートの裏側まで来ると、そこに直接アパートへアクセスできる橋が渡されていました!
立ち入りはできませんが、5階につながっているみたいです。

それと屋上にも橋が架かっていました。
アパートの中にエレベーターなどは無かったとのことですし、重宝されたんでしょうね。

ちょうど崖の下に建っているアパートだからこその構造ですよね。
住民が橋を行きかう様子を想像しながら。。

ちなみにこの崖の上の道沿いにも住宅は並んでいます。
固く閉ざされた様子の戸。

アパート沿いを進んでいく

階段があると思わしき部分が草木に侵食されています。
中に入るのはかなり難しそう?

少し進んだところに海へと続く小道がありました。
標高が高いので良い景色。。

かなり薄れていますが、「ご安全に」の文字が見えました。
この先の階段を下ると、先ほど見た第二立坑へたどり着くようです。
アパートからこの階段で出勤した人もたくさんいたんだろうなあ。

気が付くと端まで来ていました。
この周りには自分以外は誰もいない、静かな場所。

こちらの橋は木製のバリケードでふさがれていました。
この簡素な感じも、人のいなくなったアパートに合っているかも。

窓が無くなっているのか、アパートの向こう側の空が見えている部屋もあります。
アパート内を見学できるツアーもあるようですが、ほとんどの部屋はこのような状態なのでしょう。
しばらく見入っていましたが、そろそろ帰りの時間が近づいてきました。
次回で池島探訪記も最後となります。