甲府市の玄関口、甲府駅の北口から少し離れたところに、小さな歓楽街があります。
中に入ってみると、これが現代でも残っているのがすごいなと感じてしまいました。
訪問:2023年8月
それなりに大きな道路沿いに、一軒のビル?長屋?みたいな建物があります。
ともすると見落としてしまいそうな、この中が新天街です。
シンプルなファサードですね。
「新天街」と書かれた看板に小さな看板が入っていたであろう金具。
しかし看板から一歩入ると、激渋な光景が目の前に。
外から見ると一つの建物のように見えますが、実際は小道の両側に建物が並んでいます。
すぐに通り抜けられるような短い空間ですが、密度はすごいです。
二階部分を渡ることができる通路があるのもおもしろい。
ファサードは薄いぬり壁のようなもので建物が繋がっているような感じなんですね。
ここを繋げることに意味はあったのでしょうか…?
上下左右全ての方向をじっくり眺めながら歩いてしまいます。
「暴力団追放の店」錆び錆びです。
夜のお店ならではな質感のある木製のドアも、とても年季が入っています。
シールタイプもあるみたいです。
その上には「料理飲食等消費税特別徴収義務者証」という文字がたくさん詰まった鑑札。
調べてみると、国税庁のサイトに詳しく載っていました。
遊興税は、大正8年(1919年)5月に石川県金沢市が初めて市税として創設しました。
条例は、「本市内に於ける料理店、貸席、貸座敷にて芸娼妓を招聘して飲食又は遊興をなし金員を消費せしものに課税する」となっており、芸妓の招聘を伴うことが条件でした。
(中略)
その後、遊興税は、遊興飲食税、料理飲食等消費税、特別地方消費税と名称を変えて存続しましたが、地方消費税の創設等の理由により平成12年(2000年)3月に廃止となりました。遊興飲食税の始まり(答え)|税の歴史クイズ|税務大学校|国税庁 より(2024年3月閲覧)
なるほど~芸娼妓を呼ぶ場での税金が基になっているとは。
歓楽街ならではのものですね。
お店の隙間に、暴力追放地区の看板。
この一角だけで味わいが深すぎます。
そのお向かいには水色の細かいタイルが詰まった壁。
公衆トイレのようです。
周囲にはアンモニア臭が漂っています。
手前にあるの丸見えなのは男性用でしょうね。
個室は片方が壊れています。。
近くのお店にはこれまた色んなものが貼られています。
先ほどの鑑札に営業許可証、一番左のものは公安委員会によるカフェーの鑑札ですね!
実物は初めて見たかも…?
二階のほうを見ていると、一階よりも傷みが激しいように感じます。
もともと簡素な材質で造られているからかもしれませんが、ここだけ見ると不安になってしまう。
見れば見るほど不思議な感じがしてきます。
この中でも夜には営業する店があるのだからすごい。
(さっきから進行方向とは逆の向きから撮ってばかりです)
じっくりと味わいながら通り抜けました。
以前はこちらにも建物が続いていたのでしょうが、全て無くなっています。
壁を見た感じ、比較的最近のことなのかと思いました。
空き地に落ちている看板。かつて軒を連ねていたお店でしょうか。
端のほうから残っている部分を見る。だいたい3分の1くらいが無くなっています。
まわりは普通の住宅街で、まさかこれがこんなところにあるとは思えない感じ。。
たった何十メートルかの小道でしたが、ずいぶんゆっくりとしてしまいました。
この状態で現在まで残っているのがすごいなあと思います。
これでも夜には営業をしているお店もあるみたいなので、機会があれば行ってみたいですね。